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自然に従ったら美しさが出てくる

という個人的見解です。

スポーツカーは走ることが目的だからカッコいい

 

フェラーリやポルシェ、ヴェイロンがかっこいいと感じるのは、
今では値段が高いからとか、皆が羨ましいと思うからとか、誰も乗ってないからかもしれません。

でも、元々なぜスポーツカーはあのような形になったのかということを考える時、
「早く走る」という目的を達成するためのモノの形と機能に特化した結果、
純粋に今で言うスポーツカーの形になったはずです。

例えば流線型のフォルムは空気抵抗をなるべく減らすために計画的に設計されています、
スポイラーの形状はダウンフォースや冷却機能を高めるために設計されています。

ホイールがマグネシウムやアルミでできているのは、価格が高いから、かっこいいからではなくて、
強度があり、かつ「軽量」に製造できる素材だからです。
レーシングカーにおいてホイールが軽いことは大きな利点になるためです。

 

簡単に思いつく限りで走るための車が備えている特徴は、
カッコいいからではなく単純に走る性能を高めるため必要だからあるのです。

今では「それを備えていることが貴重な証」になっている見た目や機能は、
「速く走りたい」という本能的な衝動を自然の中で実現するために、
創意工夫をして作り上げた結果であって目的ではありません。

単純に速い車を作りたいという目的を達成するためにそうした形になり、
それが実現してそれができる車をカッコいいと思うようになったのです。

 

ドラマーの神様「スティーブ・ガッド」の手は柔らかい

 

みなさんはドラムを叩いたことはありますか?

スティーブ・ガッドというドラマーはアメリカのドラマーで、
エリック・クラプトン、サイモン&ガーファンクル、スティーヴィー・ワンダー、
ポール・マッカートニー、フランク・シナトラ、ラリー・カールトン、といった、
超有名なアーティストのドラムを叩いている人です。

ドラムだけだとあまり凄さはわかりにくいかもしれませんが、こんな人です。

さて、なぜスティーブ・ガッドを取り上げたかと言うと、ドラムは「叩く」楽器なので、
長年叩いていると手も固くなりそうです。
叩くのには体力を使いそうですし、力もいりそうに見えるでしょう。

 

しかし、スティーブ・ガッドの手はとっても柔らかいのです。

 

バットやゴルフのクラブを強く握って振るとまめができるように、
普通にバチを強く握ってドラムを叩いたら手はゴツゴツしてしまいます。

しかし、スティーブ・ガッドの手はふわふわしています。
あれだけパワフルに情熱的に叩いても手はまめができないのです。
つまり、手のひらとバチの間にはほとんど力が加わっていないということがわかります。

ちなみにレッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミスというドラマーも、
彼のプレイはロック・バンドらしい厚みのあるドラミングでありながら、
演奏中にスティックがすっぽ抜けるくらいに力を入れていません。

本当に素晴らしい演奏をするには無理がかかってはならないのです。
自分の体をうまく使って、良い演奏をするために彼らは自然とそれを学んで来た結果、
たくさんの人に愛されるアーティストになったということだと思います。

 

きれいな足をしている人は無理してない靴を履いている

 

女性はヒールのある靴を履いていることが多いと思います。
先の尖った靴がかっこいいという人もたくさんいます。

でも、そういう靴を履くと必ずと言っていいほど足にダメージが加わります。
自然ではない力が足の一部分にかかるから当然そうなります。

足の裏ががさがさになったり、タコができたり、まめができたり、
外反母趾になったり、小指が曲がってしまったりします。

 

だから、実は男性の方が足が綺麗なのだそうです

 

ハイヒールが美しくないというつもりはありませんが、
美しいと思って履いていた靴の中では自分の足がボロボロになってしまうのです。

足に合わせた靴を履いている人はケアをしなくても足がきれいになるようです。
革靴を履いているサラリーマンより、運動靴を履いている人のほうが足が綺麗です。

確かに可愛い靴やかっこいい靴は尖っていたり、ヒールが高かったりしますが、
それを無理して履いている自分の美しさが失われてしまってはいけません。

 

無理をしない美しさのほうがやっぱり美しい?

 

何かをつくるとき、始める時、するときに「皆やってるから」という人もいます。
皆やっていることが自然に従ったことであることもありますが、
文化や風習等で「そうあるべき」という型にはまっているだけなこともあります。

例えばジャイアンツの桑田真澄選手が引退後力を入れている「野球道」に関する研究は、
PL学園時代に水も飲まず、毎日殴られる厳しい練習が非合理的だということから始まってます。

イチローのバッティングフォームは自分に合うフォームを検討してたどり着いた打法でした。
オリックス時代の仰木監督は、イチローを自分で考えられる選手と考えていたので、
それを矯正しようとはしませんでした。

ドラマーもめいいっぱい叩いたほうが迫力もあり、大きな音が出そうな気がしますが、
力いっぱい叩くドラムは疲れるし、体は痛くなるし、単にうるさいだけになります。

女性のヒールも足への負担という意味においては決していいことばかりではありません。

 

まだ、明確に言葉にできないのですが、何がいいたいのかと言うと、
やはり本物の美しさは常識の上ではなくて、
純粋に自然な積み重ねの上に成り立つと言うことです。

根性論は嫌いですが、根性が必要ならばそれは決して無理をすることではなく、
自分の価値を最大化するため、大切にするための努力を惜しまないという、
「自分と目をそらさない心の持ちかた」なのではないでしょうか。

結局、無理せず自然に工夫を重ねた結果美しさが現れるのであって、
なんとなく正しそうなところには自分の美しさは現れないのです。